
島左近の陣跡(岐阜県不破郡関ケ原町)
よく、「三成に過ぎたるものが二つあり 島の左近と佐和山の城」といわれますが、もとはどうだったのか。国立国会図書館デジタルコレクションで『古今武家盛衰記』を読んだところ、ありました。 「治部少に過ぎたるものが二つあり 島左近に佐和山の城」 「島左近に」では6文字のため、「五・七・五・七・七」となる「島の左近と」が伝わったのではないかと勝手に想像しております。 で、「治部少に過ぎたるものが二つあり 島左近に佐和山の城」(『古今武家盛衰記』)とまでいわれた島左近(島清興)は、竹矢来の前方に陣をおき、最前線で指揮を執ったといわれています。 「島左近の陣跡」には他の陣跡のような石碑はありませんでした。上の写真の柵の右に茶色い看板が見えますが、これと幟があるだけです。 |
